<interview>

textur3 features vol. 5| 原口沙輔



2003年生まれ。メジャーレーベルとの契約から独立を経て、すでに8年以上のキャリアを築いている音楽家、原口沙輔。

本名名義での活動以降、『アセトン』『スクリーンⅡ』といったアルバムを発表する傍ら、ボカロPとして「人マニア」や「イガク」などの爆発的ヒットを連発。さらにサンリオピューロランドや『学園アイドルマスター』への楽曲提供、自身のプロジェクト「CDs」の運営など、その活動は多岐にわたる。名実ともに、2020年代のネットミュージックシーンにおいて最も目が離せないアーティストのひとりだ。

そんな彼が今年リリースしたニューアルバム『イ三』は、三部作の最終章にして、変幻自在な彼のクリエイションのひとつの集大成である。本作には鎮座DOPENESS、Uzhaan、月ノ美兎、環ROY、重音テト、いとうせいこう、つくもやといった、世代もジャンルも超越した異彩を放つクリエイター陣が参加。原口自身が「実質のファーストアルバムであり、ベストアルバムであり、ラストアルバム」と語るほど、濃密な全31曲が凝縮されている。

発表から約1年におよぶ試行錯誤の制作背景、そして「アルバムは大きな一曲」「本人が歌うからこそ、本音が言えて重みが違う」と語る彼の剥き出しの音楽思想に迫るべく、私たちはメールインタビューを敢行した。


( 2026年6月 実施 / 2026年7月 公開)










原口沙輔:成り行きで、もしくは必然的に生まれるものは良いと思います。



(一)

textur3: まずは『イ三』の正式リリース、おめでとうございます!
アナウンスから世に出すまでに1年近い期間がありまして、ディテールの作り込み、新たな構想、アプローチの変化など、様々な試行錯誤があったかと思いますが、今回最も時間をかけて調整した部分はどこでしたか?また、曲完成から正式発表に至るまでの間で「最も化けた楽曲」と、その理由もぜひ教えてください。


原口沙輔:最終的なMIXが一番時間をかけました。
といっても、MIX中に歌を何度も取り直したり、楽器を足したり、アレンジを変えたり、楽器を減らしたり、新しい展開を足したり。更にはそれだけの調整をした後、デモ段階のバックアップデータに戻して一からやり直したりしていました。
「実有」はもっと長い一曲になる予定でした。結果的には8秒の短い曲に。
逆に「絡まる」はMIXを始めてから作り直しているので、初めに作ったデモの別物です。ただ、完全に別物ではなく、初めに作ったデモの音を使って組み直した感覚です。


textur3: 「作品は無限にブラッシュアップできるからこそ、適切なタイミングで区切りをつけなければならない」とは多くのクリエイターが直面する課題です。しかし、その境界線を決めるのは容易ではありません。ご自身に完璧主義的な傾向はあると思いますか?
原口さんにとって、1つの楽曲、そしてアルバム全体は、どのラインに達した時に「完成した」と感じるのでしょうか。その境界線の引き方は、これまでの3枚のアルバム制作を経て変化してきましたか?


原口沙輔:「アセトン」は明確な完成したタイミングがきっぱりあり、「スクリーンⅡ」は最終確認を殆どせず勢いのまま仕上げ、「イ三」が一番その課題に悩まされたアルバムです。結局最後は「出せば完成する」と自分に言い聞かせて出しました。
気に食わなければ何年後かにリマスターバージョンを出せば良いだけなので。





(二)

textur3:『イ三』は1時間に満たない総再生時間の中に、31曲が凝縮されています。「歌」という形式であるか否かに関わらず、どの楽曲もミニマルな佇まいでありながら、単なる「モチーフの提示」には留まっていません。
今回のような絶妙なフォームについて、どのような思考があったのでしょうか?


原口沙輔:「イ三」に限らず、今まで出したアルバムは一曲一曲ではなく、アルバム一つという認識で作業を進めています。つまりアルバムは大きな一曲だということです。
アルバムのコンセプトがあり、一曲一曲に分けて役割を配置しています。



textur3:その短くも軽快な構成から、『イ三』のファーストインプレッションは一種のベスト盤や、精巧に作り込まれたSoundCloudのページ、あるいはDJ Mixのようにも映ります。
ご自身は、今作のポジショニングをどのように構想していましたか?

原口沙輔:DJ MIXのように感じるかもしれませんが、前後の曲同士が繋がっているアルバムは、僕の好きなアーティストの中に沢山作っている人達が居ます。
DJ MIXとしては急なテンポチェンジや繋ぎ目をハッキリさせない事が大事なので、繋ぎ目をハッキリさせている「イ三」は少し違います。


textur3:そうした印象の裏には、トランジションなどの見事な設計があると感じます。
収録曲それぞれの制作期間にはタイムラグがあったと思われますが、曲順や曲間の繋ぎはどのように編成していったのでしょうか? 直感的なルールによるものだったのか、それとも全体を主導するような、よりナラティブ的なものだったのでしょうか。(例えば、M16周辺はセンターのある組曲的なまとまりを感じる一方で、M11前後などは構造的にフラットな並列に見えるのが興味深いです)。

原口沙輔:アルバム全体の構成を考えながらデモを作りました。そしてそのデモをアルバムの最初,中盤,後半と設置して、その間になるような曲を後から書きました。
それを繰り返して、少しずつ幅を狭めていきました。















                                       


       
(三)


textur3:多彩な曲風やコラボレーター、変幻自在な構造の中でも、とりわけ強く一貫しているのが「glitch」と「ボーカル」といった要素です。ご自身のグリッチに関する手法は、どのようなインスピレーション源から影響を受け、形作られてきたものでしょうか?以前、田中フミヤのミックステープをはじめとするリスニング体験に触れられていましたが、その中で決定的な出会いや、実際のクリエイションへ突き動かした衝動はありましたか? また、正統派の系譜とは異なる枠外で、ニコニコ動画におけるナードコアや関連する動画群がもたらした影響や補完についても伺いたいです。


原口沙輔:以前触れた事のある田中フミヤ氏のミックステープは「Karafuto」というもので、当時のエレクトロニカやテクノ、コラージュ音楽が多数収録されています。その中には僕がglitchの部分で影響を受けた「Flanger」や「Mouse On Mars」の楽曲などが使われています。
確実にそれらを長い間聴いていて影響を受けています。




textur3:メロディと、グリッチなどの音響効果の関係性をどのように捉えていますか?
今作の多くはメロディが重要な役割を占めつつも、その主体性が絶えず揺らいでいるようにも見え、時には「エフェクトを引き立たせるためにメロディが存在している」とさえ感じられます。今回の制作において、メロディを完全に排除することは頭をよぎりましたか?



原口沙輔:あらゆる音楽において様々な要素を全て同一の存在として扱っています。グリッチにもメロディは存在しますし、メロディもグリッチできます。
それがどういった楽器や音かは関係なく、旋律が絡み合ってアンサンブルになっている事を第一にアレンジを考えています。


textur3:アルバム中盤にあるヒップホップ色の強い3曲では、ビートとラップが時に一体化し、全体がレイヤーされたひとつの音響効果として提示されているように感じられました。ご自身のヒップホップへの嗜好や、その影響の大きさについてお聞かせください。
過去の対談でもJPEGMAFIAの名前が挙がっていましたし、M25のセクションなどもそれを想起させます。どのようにヒップホップに出会い、どんなリスニング体験を経てきたのでしょうか。

原口沙輔:僕は昔からA Tribe Called QuestやDe La Soulなどを好き好んで聴いていました。
今でもその系譜を感じる若いラッパーの音楽を見つけると嬉しくなります。
ただ今回はラップという方法を、ヒップホップの文脈というより、言葉自体のエネルギーや日本語のリズム感を引き立てるトラックに仕立てたい気持ちがありました。



textur3:幼少期から現在に至るまでの「自分自身の声」との関係性、そして「歌うこと」そのものへの感覚について教えてください。
「歌う」という実践を通じて自己への理解が深まったり、あるいはご自身のボーカルそのものが、現在の原口さんのアーティストとしての特質を形作っていると感じる部分はありますか?

原口沙輔:元々全く歌うつもりがなかったので、今でも自分が歌を歌っている事に驚きます。
最初は歌自体に全く興味がなかったものの、活動初期の自分より今の方が何億倍も歌が好きになっています。
今では歌というもの自体を研究しています。それは上手い下手ではなく、アーティスト自身が歌っている事が大事で、どう声を操れば感情を伝えられるか、という直接的な探求です。もちろん、楽器としても自分の声をもっと上手く使えるようになりたいと思っています。


textur3:『イ三』では自身の声に様々な処理が施されており、それはその後のボカロ等を用いた一連のクリエイションへのストレートな繋がりを連想させます。
ご自身の中に「ボーカリスト」としての意識はありますか?
また、自身の声をどの程度「楽器化」して捉えているのでしょうか。


原口沙輔:ボーカリストとしての意識は殆どありません。
そう思えたら素敵だな、と思いつつ今はまだとってもそう言えません。
自分の声をもっと上手く扱えるようになる必要があります。
先程にもあった通り、作曲者本人が歌っている事の尊さというものがあって、やはりfeat.や合成音声の力を借りると、どうしても人に託すことになります。
本人が歌うから本音が言えたり、自分の発言に責任を取れたり。重みが違うと思っています。
だからデモの時点ではボーカルの加工を一切考えていません。
アレンジをする時に、単に曲として効果的なので、より良くしたい思いでエフェクトやグリッチをかけています。



(四)


textur3:現在のライブパフォーマンスは主にDJ形式が中心となっていますが、これが逆に楽曲制作などのクリエイションへ与えている影響はありますか?

原口沙輔:DJはライブだと思っていません。
ただライブをするのが難しい曲が多いので、準備期間はかなり時間がかかってしまいます。
しかし僕のパフォーマンスを見たいと呼んでくださるイベンターやお客さんに応えたくて、代わりにDJで良ければ!といつもお受けしています。
つまり、原口沙輔としてのライブは数回しかした事がありません。
DJとライブは全くの別物と考えていますが、DJをする事によってライブをしたような現場感は体験できるので、その体験を元に曲に反映させたりしていることはあります。


textur3:『イ三』のリリース後、「CDs」と「テクノポップ・有機・シンセサイザーちゃん」という2つのプロジェクトが原口さんの活動の重要な軸になっています。
これらは現在までにどのように発展してきましたか?またソロ活動と比較して、それぞれ原口さんのどのような方向性のアイデアを具現化する場所なのでしょうか。

原口沙輔:どちらにも共通しているのが「手伝い」ということです。
基本的に技術の発展によって、殆どのクリエイションは一人で完結するようになりました。
一人で、部屋の中で、椅子や机から動かずに。
それも良いのですが、それ以外を求めた結果、これらの活動になっている気がします。
人同士のコミュニケーションを踏まえないと生まれない、自分だけでは思いつかない事。
僕は技術や知識を貸しているような感じです。


textur3:今回の多岐にわたるコラボレーター陣は、膨大なインターネットの海から全方位的に影響を受けているデジタル世代のクリエイターが持つ「ポスト・ジャンル」の美学を鮮やかに体現していると感じます。プロとアマチュアが同じシーンでアクティブに交差していたり、ジャンルの壁による排他性が薄れ、あらゆる美学がフラットに作用し合う生息環境について、ご自身の経験や見解をぜひお聞かせください。


原口沙輔:あんまり意識したことは無いです。
界隈は分けなくて良いと思っています。
でも、無理にコラボレーションしなくても良いと思います。
界隈が分かれている意識があるからこそ、無理に壁を壊さなきゃ!って生まれたコラボが多くて。気にしてなければ一緒にやらなくても通じ合ったり、全然別の場所からでも会話できると思います。
成り行きで、もしくは必然的に生まれるものは良いと思います。
僕は沢山コラボをしますが、基本的にそのどちらかです。今回の月ノ美兎さんは必然、U-zhaanさんは友人、鎮座DOPENESSさんは「アセトン」を好んで聴いてくださっていて、環ROYさんは立ち飲み屋で話して、いとうせいこうさんは昔一緒にやろうと約束をして、つくもやさんはライブのテイクが良過ぎたから。
イ三は結果的に沢山の人が関わってくださりましたが、最初は一人で完結する予定でした。
今後はもっと誰かと作っても良いかなと思っています。







締めくくり

textur3:最後は textur3 恒例の質問です。
原口沙輔の多角的な音楽的嗜好を代表する10曲を選んでいただき、架空の「ミックステープ」をセレクションしていただけますでしょうか?



原口沙輔:



坂本龍一 - 愛してる, 愛してない



Towa Tei - Spiegel 


Flanger - Music To Begin With 



Cymbals - Do You Believe In Magic ? 



花澤香菜 - 恋する惑星 



cubesato - ep 



Hudson Mohawke - Gluetooth



Q-Tip - Shaka 



電気グルーヴ - ポケット カウボーイ 



Hermeto Pascoal - O Galo Do Airan 





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textur3   2024-2026