Zing
1. 韻 (のこる) [ENERGY]
Q:熱量だったり一体感などに、心底圧倒された 2025 年の現場光景。A:2025.04.17 君島大空 合奏形態 夜会ツアー 2025『春を前にしての歓喜の実践』@ Zepp Haneda (TOKYO)
音源でその繊細さは知っていた。だがいざ目の当たりにした合奏形態はやはり、ただならぬ凄みで息を呑む。予測し得ないライブアレンジ、ダイナミズムと熱。ステージ上の君島大空は清々しいほどに開かれていて、惜しみもなく才能やパーソナリティをさらけ出す。ほかと一線を画する「何か」を久しく感じ取った現場だった。
その「何か」こそが textur3 というネーミングに込めた思いでもある。思えば長い間、ポップスもバンドサウンドも、均質化されたモノが多く、興味がとうに薄れていって、電子音響の世界に心酔していた。
未知の音楽に遭遇するときは、作者の顔も背景もあえてタッチせず、まず “ SOUND ” そのものと対峙する。気になった作品は環境やデバイスを変え、何十回と「点検」を繰り返す。「作品に十分な強度が備わっているか」を考察することは、プロモーターとして活動する今も、判断基準のプライオリティーとしている。
わたしを含む電子音楽リスナーゆえの視点から見れば、君島作品にはある種の「異質さ」が漂っている。聴き込むほどに奥行きを増す巧妙なムード構築、そして高い耐聴性。危うさや二面性、ある種の儚さを孕みながらも、そこには確実に、とてつもない何かが実在する。そのギリギリのバランスの上に成り立つようなアプローチに、わたしたちは惹かれていく。極めてパーソナルに紡がれたトラックでありながら、聴く者の記憶の深層にある情景を鮮やかに反響させる、純度の高い結晶体だと思う。
そのような一曲の作品、あるいは一夜のライブに、どれほどの労力や集中力、あるいは精神が注ぎ込まれたのか。音に触れたとき、直感的にそれを理解させられる時がある。作り手の凄みをオーディエンスの身体と脳に、ダイレクトに突きつけてくるようなアーティストにやはり、ハズレはないわな。
2. 拓 (ひらく) [PERSPECTIVE]
Q:年間を通して出会ったあらゆる表現の中で、視野を広げてくれたり、良き刺激もらったもの。A:「evala 現われる場 消滅する像」@ NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](東京・初台)
とある平日の夕暮れ、サウンドアーティスト・ evala さんの個展を訪れた。鑑賞中、ふっと初心を呼び覚まされる感覚があった。学生として東京に暮らしていた、はるか昔の記憶だった。フェスを例に挙げるなら、当時はフジやサマソニにも足を運んでいたが、メタモ、タイコクラブ、rural など、エッジの効いたオルタナティブな場のほうが、自分にはより深く刺さった。
そもそも「サウンドテクスチャー」への関心が高まった時期を遡ってみると、西麻布のスーデラなどで触れた、踊れない系のイベントに行き着く。ハイエンドな音響で、ダンスミュージックの要素が削ぎ落とされた「サウンド」そのものを浴びる現場の数々。そうした肌感覚や身体性の体験こそが、聴覚を更新してくれて、今の自分を形作る原点の一つとなった。
表面がツルツルに加工された、ファッションアイテムのようなエンタメコンテンツに包囲される日常の中で、作家性の強い作品に宿るザラつきや余白は、尊い。evala 氏の構築した空間に身を置いて確信したのは、自分が求めているのは耳を起点に五感、ひいては全身を研ぎ澄ませていく空間体験であり、そしてそこから生まれる言語化以前の、思考の拡張。
音楽に自分は何を求め、何を追い続けるのか。
本質的な問いを改めて直視させられる、冬のある日、鮮烈な1時間だった。
3. 伴 (あいぼ) [TOOL]
Q:ハードな現場、日常、執筆など支えてくれたり、「一緒に戦ったな」と思う2025年の「相棒」。A: CrossFit、そしてアレックス·オノルドの一言
重いバーベルと向き合う CrossFit が、日常を支えてくれる「あいぼ」だった。
一種、競技に近いトレーニングで、まだ少しニッチだが、日本ではAYAさんがテレビで著名人に指導する姿で知られるようになったかな。ウエイトリフティングから懸垂、逆立ちまで、多様な種目を組み合わせ、私たちクロスフィッターは「動ける体」を目指す。一般のジムとは打って変わって、BOX(ボックス)というごく質素な場所で、自分の限界値を確かめたり、その日の自分を使い切ろうと鼓舞し合う。年齢もキャリアも関係なく、そこにいる全員を、「アスリート」と呼び合う文化も心地よかった。
そしてバーベルを頭上からフロアにドロップした瞬間に訪れる、無駄を削ぎ落とした静けさ。頭の中のノイズを取り払ってくれて、「今、ここ」という一点に自分を集中させてくれる、かけがけのない時間。
もう一つの心の支えは、クライマーのアレックス·オノルド。
2019年の上海映画祭で観たドキュメンタリー『 Free Solo (フリーソロ)』。あまりの衝撃に二回連続で席に座った。命綱なしでヨセミテの巨岩エル·キャピタンに挑む彼が、「Pull hard, trust feet. Trust!! Autopilot.(全力で引き、足を信じろ。信じるんだ。あとは自動操縦だ)」という言葉を放った。高みの追求以上に、徹底的な準備によって「恐怖すらも自動操縦(Autopilot)に変えてしまう」という凄まじい精神力。極限状態にあっても、淡々と正確な動作を続ける彼の姿。
自分を信じきるその静かな覚悟が、ハードな現場や決断の連続において、わたしに勇気を与え、冷静な判断へと導いてくれる、御守りのような言葉。
4. 芯 (どだい) [CONTINUITY]
Q:時代の激流の中で、これだけは守り抜いた「自分なりのルーティン」。A:活字の摂取と、身体のチューニング。
情報過多のアルゴリズム時代、正気(しらふ)を保つのは簡単じゃない。(ファクトチェックもそうだが、)だからこそ、活字の摂取を放棄しないこと。そして日々のコンディションを一定に保つこと。それは、試行錯誤の末に掴んだ、自分なりのメソッドだった。
指針として最初にヒントを与えてくれたのは、三島由紀夫流の実践だった。現代において、三島の存在はどこか浮世離れして映るかもしれない。だが、執拗なまでに彼が肉体を鍛え続けたのは、表現者として「正気」を保つための切実なメソッドでもあった。そして三島は『行動学入門』の中で、思想は最終的に言葉ではなく肉体行動に帰着しなければならないと説く。世間を騒がせた数時間の裏側には、その何百倍もの時間を地味で孤独なデスクワークに捧げた、緻密な積み重ねがあった。
私自身もCrossFitを通じて「アスリートとしての思考回路」を身につけたことで、腑に落ちたことがある。例えば極限まで心拍が上がった後、逆に頭の中が凪(なぎ)になる感覚。そうした「強制的な再起動」を経てはじめて、三島の執念が、単なるストイックさではなく、現実を健やかに生き抜くためのリアルな術(すべ)だと納得できた。オンとオフの境界が曖昧になりがちな今の仕事において、身体を鍛えることはリフレッシュを超え、むしろバーベルの重さという物理的な実感を介してこそ、情報の渦にさらわれそうな自分を毎回、通常運転へと引き戻してくれる。大事なチューニングとなった。
華やかな現場はつねに一瞬。それを支えているのはアーティストや裏方みんな、人知れず積み上げてきた、気の遠くなるような長き歳月だった。いかにすり減らしすぎず、自分が選んだ生き方をサステナブルなものにしていけるか。人によってしっくりくる方法は違うと思う。そしてルーティンという言葉。なんだか課した義務のようで、その窮屈な響きを毛嫌いしていた。それこそアルコールをしこたま摂取したり徹夜を繰り返したりといった生活を、若かりし頃の自分も送った。ただ今となって、無縁だと思っていたルーティンを身体に染み込ませることができたゆえ、バランスを崩すことも減り、地に足をつけて、正気(しらふ)に留めてもらえていると思う。
5. 兆 (きざし) [INSIGHT]
Q:「何かが変わる、新しい何かが始まる」を覚えた瞬間、ムーブメント、あるいは音楽作品。A:『Traces』を準備し始めたのは去年の年末。寄せてくださった参加者の方々のインサイトに触れ、私自身も色々と感銘を受けた。せっかくなので、最後に textur3 という試みについて話をしよう。
まず、この名前。texture という英単語の語尾を数字の 3 に変換し、テクスチャーと読む。少し抽象的なネーミングかもしれないが、既存の構造に対するカウンター的な意志を込めて、2年前に名付けた。
情報環境こそフラットになったが、音楽そのものに関心を持つ場や媒体が限られている中国現地では、コンテンツの氾濫や情報格差が目立つ。数字的な成功やバイラルヒットばかりが認知され、多くの“音楽”と呼ばれるモノが消費の波にさらわれていく。予定調和なエンターテインメントの中、音楽そのものも、美学に対する意識も、置き去りにされてしまっている。果たして、それでいいのだろうか。数字や採算性と向き合えば向き合うほど、既存の業界ゲームという枠組みに対する焦燥感が募る。ユースは未来。自国のカルチャーシーンに自分はどう関わっていくべきか。葛藤の中で問いかけ続け、辿り着いたのは「今こそやらねば」という確信。まがい物ではない、真にオルタナティブな視点を提示し、それを具現化して完遂すること。
そうして、 textur3 を始動させた。
環境がいっとき険しくなろうとも、荒波を乗りこなし、思考を実践に落とし込んでゆく。単にアーティストを呼んで公演を開催して終わるのでなく、風格のある真のクリエイターを長く、しっかりと支え続けていく。そのためには、リスナー出自としての感性を鈍化させず、代えのきかない「オーセンティシティ(本物であること)」を見極めつつフックアップをして、世界へと発信する精度を高める努力も怠らずにいこう、と思った。そういったプロセスを楽しみつつ、パッチワークのように点と点を繋ぎ、一つのナラティブとして、textur3 を運営し、キュレートしていく。
自分で用意した設問なのに、最後にステートメントのような回答になってしまったが…
そんじゃ、敬愛する音楽家の三曲をシェアして、わたしも筆を擱こう。
「walker」 / 坂本龍一(『async』)
「you were here」 / 牛尾憲輔(『Chainsaw Man Original Soundtrack EP Vol.2』)
「the village」 / Sam Gendel & Nate Mercereau(『digi-squires』)
一年の余韻を胸に、私たちは2025年の足跡を振り返ります。本プロジェクト『Traces』には、国境や言語を越え、アジアを横断する音楽家とその歩みを支える共鳴者たち、総勢30名超が集結しました。
5つの漢字に託された、私たちが大切にしてきたもの。
個々の記憶に深く宿るぬくもりをアーカイブし、リスナーや読者へと届けていく。
The Artists:
「響、景、航、触、律」
The Pro-Voices:
「兆、韻、拓、伴、芯」
正解のない、不安な時代だからこそ。
この言葉たちが、小さくともしなやかな「可能性」の種となることを願って。
分断を越え、新しい時代の「輪郭」を、共に手繰り寄せるように。
5つの漢字に託された、私たちが大切にしてきたもの。
個々の記憶に深く宿るぬくもりをアーカイブし、リスナーや読者へと届けていく。
The Artists:
「響、景、航、触、律」
The Pro-Voices:
「兆、韻、拓、伴、芯」
正解のない、不安な時代だからこそ。
この言葉たちが、小さくともしなやかな「可能性」の種となることを願って。
分断を越え、新しい時代の「輪郭」を、共に手繰り寄せるように。
Curation:Zing
Edit:neciak
Design:10000
Edit:neciak
Design:10000
textur3
Founder / Label Director
textur3 2024-2026